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東京地方裁判所 昭和42年(モ)961号 判決

債権者 有限会社マルキベビー

右代表者取締役 太田きみ

右訴訟代理人弁護士 鈴木秀雄

同 平松久生

同 上矢袈娑富

債務者 田村ハット有限会社

右代表者代表取締役 田村モト

右訴訟代理人弁護士 浅田清松

主文

債権者と債務者との間の当庁昭和四一年(ヨ)第一〇、九一七号仮処分申請事件につき、当裁判所が同年一二月二七日にした決定はこれを取り消す。

債権者の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

債権者訴訟代理人は、主文第一項に掲記の仮処分決定を認可するとの判決を求め、同決定である「債務者は錦糸町交通会館ビル内に出店の同人経営にかかる店舗においては、七才未満の子供用品を展示販売してはならない。」との本件仮処分の申請理由を左記のように述べ(た。)≪証拠関係省略≫

申請外太田久男は、昭和三六年一一月一五日頃から株式会社錦糸町交通会館(以下会館と略称する。)所有の東京都墨田区江東橋三丁目一七番地錦糸町駅構内所在「錦糸町交通会館ビル」三階にある店舗を賃借して、ベビー子供衣料用品の販売業を営み、昭和三八年一一月一一日右営業を有限会社組織に改めることとし債権者会社を設立し営業を承継したが、引続き太田久男が事実上の責任者として同店舗の経営に当ってきたところ、従前から同階で帽子販売の専門店であった債務者が同四一年三月一五日に会館から右店舗筋向に各種帽子や子供用品販売のため更に約一五坪の店舗を賃借したので、債権者は会館に苦情を申し込み、同月二三日に会館のあっせんで太田久男を債権者の代理人として、債務者との間で、次のような和解契約が成立した。すなわち、(一)暫定措置として債務者は子供用品の取扱を昭和四一年七月三一日限りとする。(二)債権者の了解を得られないときは取扱商品を七才以上の子供用品にするか乃至は他の営業品目とする。(三)債権者は(一)項の期間内は譲歩して七・八才以下の子供用品に限定する。

右和解の証として、当事者双方は同趣旨の念書を会館側に差入れた。

しかるに債務者は右和解条項に従った債権者の了解のないまま八月一日以降も七才未満の子供用品の展示販売を行っている。

債権者の営業規模は売場面積も僅か六坪程度の子供用衣料品の専門店であるが、債務者はその売場面積が約二〇坪(六六・一一平方米)にも達し、主体は各種帽子であり子供用品はその取扱品目の一部にすぎない。然しながら債権者にとっての影響は甚大であり死活の問題となっている。

債務者訴訟代理人は、主文第一項ないし第三項と同旨の判決を求め、答弁を左記のように述べ(た。)≪証拠関係省略≫

太田久男が債権者主張の店舗を賃借し債務者が昭和四一年三月一五日に会館から右店舗筋向に約一五坪の店舗を賃借し、子供用品販売業を営んでいることは認めるが、債権者がその主張のような営業を行っていることおよび、その主張のような和解契約の成立したことを否認する。太田久男賃借の店舗においてベビー子供衣料用品の販売業が営まれていることは認める。しかし同営業は太田久男が個人でやっているのであって、昭和三八年一一月一一日から同人が債権者の代表者太田きみにかわる責任者の立場でやっていることは不知。かりに右ベビー用品の販売は太田久男が右のような立場でやっているとしても、債務者は太田久男との間で債権者主張のような公の秩序に反する無効の和解をする筈がない。

債務者が賃借店舗で子供用品の販売をすることにつき太田久男が会館に苦情を申しこんだため、同四一年三月二三日に会館から太田久男と債務者に対し「債務者の子供用品販売については、同年七月三一日までにかぎり、その間に太田久男が了解しなければ七才以上の子供用品にするか、またはほかの商品にかえる。」という趣旨の和解あっせん案が示されたが、結局債務者は右あっせん案を拒否し、会館は右あっせん案を撤回して和解のあっせんをうちきったので債権者主張の和解は成立に到らなかったものである。

なお事情として、債務者は賃借出店につき約金八〇〇万円の創業費を投じたほか約金二〇〇万円相当の商品を仕入れ、そのうち子供用品の売上純利益は月額平均金二〇万円にもなっていたのに、本件仮処分の執行があった。よって甚大な打撃をうけたのはむしろ債務者である。

理由

太田久男が会館から会館ビル三階の一部である店舗を賃借していること、右店舗でベビー子供衣料用品の販売業が営まれていること、債務者が同店舗筋向いに約一五坪の店舗を賃借し子供用品販売業を営んでいることは当事者間に争がない。

債務者は、債権者が経営すると主張する店舗は、太田久男の経営である旨、債権者は抗争する。≪証拠省略≫を綜合すると、昭和三八年一一月一一日ベビー子供用品の販売を目的とし、取締役太田きみ、監査役太田久男とする有限会社マルキベビーを設立しその登記を行ったこと、その税務、経理関係は同有限会社の名称で整理していること、併し店舗の賃借人名義は太田久男のまま改められていないこと、店舗面積は六坪にすぎず、右役員両名は夫婦であって、店舗の経営には現実には太田久男が一人の店員を使用してこれに当り、店名の表示にも有限会社の表示が用いられていないことが認められ、以上認定の事実を綜合すれば債権者会社の経営管理はしていることが認められ、太田久男個人の責任に委ねられていることが推認される。しかし乍ら前認定の如く右店舗経営上の税務経理の関係が債権者名で整理されている以上、その名で訴え又は訴えられるのに些の不都合はない。

債務者が昭和四一年三月一五日に会館から債権者方店舗の筋向店舗を子供用品販売のために賃借したことは当事者間に争いがない。そして債務者の右販売につき太田久男が会館に苦情を申しこんだため、同年三月二三日に会館から太田久男と債務者に対し「債務者の子供用品販売については同年七月三一日までにかぎり、その間に太田久男が了解しなければ七才以上の子供用品にするか、またはほかの商品にかえる。」という趣旨の和解あっせん案が示されたことは債務者の自認するところであり、債務者が同年三月二三日に右案同趣旨の誓約書を会館へさし入れたことも当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を綜合すると、太田久男と債務者は会館から「太田久男は同年七月三一日までは七、八才以下の子供用品にかぎって販売する。」という趣旨の案も示され、太田久男は同日承諾し、右案同趣旨の誓約書を同人名義で会館にさし入れたことが認められる。すなわち昭和四一年三月二三日に会館のあっせんで太田久男と債務者とは、その子供用品販売につき同年七月三一日までにかぎり、その間に太田久男が了解しなければ七才以上の子供用品にするか、またはほかの商品にかえる。なお同人は右期間内は七、八才以下の子供用品にかぎって販売する。という趣旨の合意が成立したことが認められる。≪証拠判断省略≫なお≪証拠省略≫を綜合すると、右合意のあと合意内容になった会館のあっせん案につき債務者が会館へ異議を申しこみ、会館はさらに太田久男と債務者に対し別の案も示して和解のあっせんをしたがまとまらないため同年九月六日に太田久男のこれまでの言い分は認めない旨を言明したことは認められるが、それらのことは右合意の成立を左右するものではなく、他に右認定をくつがえすにたりる資料はない。

而して既に認定したとおり太田久男は債権者会社の経営管理の権能を委ねられており、したがって債権者の代理権を有するものと解すべきところ、右合意に基づく和解契約は、商人である債権者と債務者の各営業のためにしたものとして商行為にあたるから、太田久男において自己が債権者の代理人であることを債務者に対し表示したかどうか、さらには債務者において太田久男が右代理人であることを知っていたかどうかにかかわらず、債権者と債務者に効力をおよぼすものとして成立したことになる。

したがって右和解により、債務者は債権者に対し、昭和四一年七月三一日までの間に太田久男が了解しないときは、同年八月一日以降無期限に、七才未満の子供用品の販売およびその前提である展示をしない義務、ほかの商品にかえる場合には子供用品の販売およびその前提である展示をしない義務をおうものである。

ちなみに、債務者の賃借店舗においては子供用品のほか各種帽子の販売も目的としていることを債務者において明らかに争わないから自白したものとみなし、右事実によれば右店舗では各種帽子の販売もしていることが推認されるので、右前者の義務は債務者の販売商品の一部である子供用品の販売に対する一部禁止にすぎず、右後者の義務は右商品の一部である子供用品に対する条件つき禁止にすぎず、なお右いずれの義務も和解のいきさつからみて太田久男の賃借店舗筋向の債務者の賃借店舗における販売にかぎられていることは明白であることなどから、右和解は債務者の営業を制限するものではあるが、公の秩序に反するとはいえない。

そして弁論の全趣旨によれば太田久男が右和解による了解をしなかったことが認められ、債務者が昭和四一年八月一日以降も賃借店舗で七才未満の子供用品を展示販売していたことを債務者において明らかに争わないから自白したものとみなされる右事実によれば債権者は債務者に対し右和解による不作為請求権にもとずく将来における右展示販売のさし止め請求権を有するものということができる。

しかし、≪証拠省略≫を総合すれば、債権者の営業と競合する品目の販売を営むものは会館内に於て債務者以外にも数店舗あること、営業品目の競合により却て客足を招く場合があること以上の事実が認められ、右認定に反する採用できる資料はない。そうとすると、債務者の将来における右展示販売行為をもって直ちに債務者による右不作為請求権に対する急迫な侵害であると解することはできない。また債権者は債務者らが同日からあとも右展示販売をしていたため、自己のベビーおよび子供用品の販売に甚大な影響をうける死活問題であると主張し、それに沿う資料として、証人太田久男の「月額売上が金一〇〇万円位から金七〇万円位におちた。」という旨の証言があるが、これのみをもってたやすく債務者の行為に起因する債権者の被る損害額及びその存在につき疎明ありとなすこともできない。そうとすれば右侵害の程度が判然としないところから、その侵害により債権者が著しい損害をうけるおそれがあるとの疎明もないことになり、結局右不作為請求権につき仮処分により仮の地位を定める必要があることの疎明を欠くものである。

以上のとおりであるから、本件仮処分申請は理由がなく、かつ事案の性質上理由の疎明にかわる立保証で認容する場合にもあたらず、したがって本件仮処分申請を認容した本件仮処分決定は不当であり、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第七五六条の二、第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長井澄 裁判官 田尻惟敏 荒木友雄)

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